-人類は衰退しました2(田中ロミオ)より
http://twitter.com/cognoscenti「伝えたい伝えたい、話したい話したい」と言うけれどどれくらいのひとが、どれくらいの相手に、どれくらいの何かを伝えたいと思っているの。イヤホンでね、でかい音で音楽聴きながら歩いてるとみんな金魚に見える、みんな水槽の中、必死でぱくぱくしてるの、そうしないと、伝えないと、しんじゃうの?あなたはわたしに、なにを言いたいの?なにを伝えるために今そうやってしたの?「出会った時からもうすでに前戯は始まってる」ってかっこつけたひとが言ってたけど、きみのそれは前戯なの?それとも回りくどすぎる本番なの?なにも入ってきた感じがしないわたしが不感症なの?きもちくないよ、そのよくあることばをくっつけて並べ替えて語尾だけ変えたみたいなその動き。べつにセックスに例えようと思ったわけじゃないのになんでこんなにもことばってうまくセックスに例えられちゃうの、きもちわるい。
部屋に飾ってある花は完全に死ぬ前に捨てる。
だってもう綺麗じゃないもん。頑張ってるけど綺麗じゃないもん。
瓶から抜いて、その他諸々が入っているゴミ箱の中に花を押し込む瞬間はぞくぞくする。「わたしみたい」
ゴミ箱を見ながらにこにこしていたら電話が鳴った、もう何年も会っていない親戚だった。
「げんき?ひさしぶり、近くに来てるんだよ。」
「いきなりでびっくりした。げんきです。でも、雨だから」
「梅雨だからね。」
「梅雨だと、だめなの。」相手は黙る。
わたしの何人かの親しいひとたちはわたしが梅雨の時期、体調が優れなくてなかなか外に出ないことを知っている。でもこのひとは知らない。「梅雨だと、頭が痛くなるから。だから、もうちょっと夏になったら」
「昔から体よわいね。しっかり食べてしっかり運動しなさいよ。最近の若い子は細いし白いし心配、どうせあんたも細くて白いんでしょ、母親に似たから。もっとこう、肉つけなさいね。男だって本当はそっちのがすきなのよ。」
「なまえに」
「なに?」
「なんでもないです。」
「昔はよかったわよ、こんなに熱くなることもなかったし、異常気象。地震の対策してんの?富士山噴火したら東京終わりだからね?乾パンよ乾パン、若い子は知らないでしょ乾パン」
「しってる」
「そう、じゃあ切るわね、また今度ね、ちゃんと食べるのよ」うるさい。
「くそばばあ」
ってちいさい声で言って、でもわたしの声、ひとを罵倒するのに向いてない声だから、くそばばあって言っても甘ったれててきもちわるい。
どうせ向こうは受話器を置いて太い声で「くそがき」って言ったと思う、じょうずに。旦那さんにも愚痴るんだろうと思う。じょうずに。くそばばあ。
男だって本当は、だって。
男のこと全部知ったような口聞く。1人としかセックスしてないのに。1人の男の全てを知ったってそんなのなんにもならないのに。がっしりしてつよくなって、一人でもすいすい生きていけるような女になんてなったらわたし、恥ずかしくて自分のなまえ言えなくなる。
それに、親の期待に応えることができないまま育ったわたしは最低限最初に与えられた矜持のようなものだけは守っていたいの。
また携帯が鳴る。今度はメール。「いまからそっち行くけど。体調悪くないなら飯食う?車で行く」
男の子から。
いこうかなあ、と返事をしたら、どっちだよ、と返ってきた。
「なにをたべるの?」
「なんでも」
「選んでいい?」
「いいよ」
「いく」
「6時半」3分して、
「もうちょいかかる」梅雨だけど、すきだから、べつに付き合いたいとかじゃないけど嫌な感じがしないやつだから、お化粧をしてワンピースを着て、ニュースを見て待ってた。男子高校生が行方不明。
「着いたよ」
と電話が来て、うん、とだけ言って切った。
なんか、いい車なんだそうだけど興味ないし、と思いながら車に乗った。「眠そう、お前」
「ううん」
「行方不明だって、男子高校生が」
「みてた」
「お前も」
「何」
「行方不明みたいなもんだろ」
「うん」
「捜索してやらないとと思って」
「捜索願、出してくれるひといないし」
「死んだおじいちゃんのマンションだって?」
「死んだおじいちゃんが住んでた一部屋よ」
「ふうん」わたしたちは適当な洋食屋さんに入ってオムライスを食べた。
これまでに行方不明になって見つかっていないひとって何人だっけ?という話をしている時に「家事だ」って聞こえた。
店が、じゃなくて近くの民家から火が出たみたいだけど、わたしたちはすぐ駐車場にはしった。
おおきく広がる炎が見えた。
3分くらい、何も言わずに、わーわーいうひとの声と、炎のぱちぱちいう音を聴いてた。
木が焼けるにおいがした、木造のおうち、きっとよく燃える。「なつかしい」
「ん?」
「炎を見ると、なつかしいきもちになる」
「あれだろ」
わたしの肩を組んで少し揺れながら
「もーえろよもえろーよー ほのおよもーえーろー だろ」
「…ひーのこをまきあーげー てーんまでこがせー」
不謹慎だと思って小さな声で続きを歌った。
「これ、3番まであんだよ」
「うたって」
「てーらせよてらせーよー まひるのごーとーくー ほーのおようずまーきー やーみよをてらせー」言葉が漢字に変換されてゆくのを頭のなかで感じた。
「燃えろよ照らせよ 明るくあつく 光と熱との
もとなる炎」「ふふ」
「なに?」
「いい歌じゃない」
「だろ」
「ふふふ」
「なんだよ」
「いつも、もえろーよーのとこと、てーんまでこがせーのところ、音程がちがう」
「うるせえ」
「ねぇ、コノハエサクヤビメってしってる?」
「なに?」
「コノハエサクヤビメ」
「姫?」
「いたの。そういう名前のひとが。古事記に出てくるひとなの。そのひと、お腹に子供が出来た時にね、旦那さんに、「ほんとうにそれは俺の子なのか」って疑われて、母屋に火を放ってね、こういう、大きな火に巻かれて、「炎は身の潔白を証明します、この炎のなかで子供を産めたらわたしの言葉はほんとうとしんじてください」って言ったのね、それで、子供を産んだの。」
「この、炎のなかでかぁ」
「そう」
「そこまでして、信じてほしいって、ないだろ」
「ない」
「炎は身の潔白を?」
「証明します、って」
ないだろ、ともう一度言って、
「俺だったらすぐ死ぬ」
「わたしも。」
「火には浄化作用があるんだって」
「だからみんなキャンドル灯すのか、あれなにが楽しいんだと思ってたけど」
「キャンプファイアーとか、放火とか、花火とか、ぜんぶ、ストレス発散みたいなものらしいの」
「ふうん」
「おわり」
「花火、見に行こうよ」
「行かないよ ひとおおいし」
「どっかの窓から見ようよ」
「いやだよ」
「炎は身の潔白を証明するんだろ」
「ないだろ、ってさっき何度も言ってたでしょ」火には浄化作用があるはずなのにわたしたちはそのあとお互いの汚れを塗りたくって擦りつけるようなことしかできなかったし、別に寂しくてしたわけじゃないけど何も埋まらなかったしすっきりもしなくて、こんなことじゃあ花火なんてきっと行かないだろうと思った。
この子、彼女がいるけど、ずっといるけど、ずっとこれじゃあいつか女に殺される。そう思うけどわたしはなにも言わない。「なんかさー、前の女とか、追っかけてくんのね、やり直そうとか戻りたいとかって」
「うん」
「でも俺思うんだよ、戻りたいのは俺とまた付き合いたいんじゃなくて俺と付き合ってた頃の自分に戻りたいんだよ。」
「…うん」
「俺はさあ、確かにこうやってしちゃうけど、でも付き合った女にうるさいこと言わないしさ、いいように使えるんだよ、やきもち妬くなって言われたらしないし、三日間家の中でずっと抱き合ってたいとか言われたらそれもしてやれるし。」
「うん」
「だから、俺じゃなくても、新しく出会った男が俺と同じように与えてくれて、都合良くあってくれて、そしたらたぶんそいつはそれでいいんだよ。腹膨れるの、でもなんとなくそれじゃあ決まり悪いから過去といざこざしてたいだけなんだよ。長期戦に引っ張り込んで憎み合ってなにが楽しいんだよ」
「憎しみは愛だから」
「憎しみは愛じゃないよ。憎しみは、消えないから。消えないって忘れないってことだから。」
「許すって、わすれることだから。」
「そうだよ。愛は嘘っぽい、憎しみは、なかなか消えないから、それだけ。愛じゃないよ。」
「あれに似てる」
「なに?」
「おばさんとかが、聞いてもないのに若い時の栄光ばっかり語るのと似てる」
「あと、おもちゃ取り上げられた子供が馬鹿みたいに泣き喚くのな。たいして大切なもんじゃないのに。」
「失ったものを惜しむのがすきなだけなの、結構おおくのひとが」
「迷惑な話だよ。自分以外はみんな虚像なんだ、だからそんなに執着できるんだよ。」
「コノハエサクヤビメ」
「そいつが信じたのも虚像なんだ」「みんな、自分を憎めばいいのに。醜くなってしまった自分を。裏切られてしまった、悲しんでしまう馬鹿な自分を。それで自分を愛せばいいのに。自分だけで完結していてくれたら誰もくるしくないのに。」
「うん」
「それでみんな火事を起こせばいいのに」
「あぶないね」
「こころのなかに」
「焚き火みたいに?」
「そう。嫌な人間は心の中で殺していくとかいうひと、いるし、でも心の中で殺しても何にもならないから、だから自分の思いを、燃やすの」
「浄化?」
こく、と頷く。
「しないと思うけど」
「しないと思うけど、したことにして、うたうの」
「いっせーのーで」「もえろよ もえろよ
炎よ もえろ
火のこを 巻き上げ
天まで こがせ照らせよ 照らせよ
真昼の ごとく
炎よ うずまき
やみ夜を 照らせもえろよ 照らせよ
明るく あつく
光と 熱との
もとなる 炎」
わたしたちは声を合わせて、ベッドの上の汗が乾いたシーツの上でうたった。
音程は、また外れていたけどそっちが正しいような気もすこしした。「あれも思い出した」
「なに?」
「とーおきーやーまにー ひーはおーちてー… はい!」
「…ほーしはーそーらをーちーりーばーめんー」
「いい、その声」セックスの途中と同じことを言って抱きついてきたからわたしも抱きしめてあげた。
この子もしんどいんだなぁと思って、あと少なくともひとを無意識に傷つけたりはしないし、わたしが思うにそれをしないひとは賢くてかなしいし、だから優しくしてあげようとかじゃないけど、今日くらいは、2番と3番教えてくれたし。「ありがと」
「ん?」
「起きてたの」
「起きてた」
「おやすみ」
「おやすみ」
「…ねぇ、目のなかに、花火が見えるよ」
もう眠ったみたい。
瞼に焼きついた残像が、火事が、夜の信号が、部屋の電気が、ごちゃごちゃになって今日一日を詰め込んだ花火が目のなかで打ち上がっている。
「スターマインだぁ」昔、田舎の道を通って橋の上から見た花火。
スターマインがくるぞ、って誰かが言ってて、わたしいつも、「花火が終わったら、花火でお、わ、り、ってしてくれたらいいのに」って言ってたの。あの頃はみんないて、わたしがすこしでもはぐれたらすぐに探してくれてたんだった。
「戻りたいのは、あの頃の自分がすきだったからなんだよ」
戻りたい。戻ってもおんなじになれないことはしっているのに、戻りたいよ。
男の子の家のまくらなのに女物のシャンプーのにおいがする。こういうの嫌だとか思わないうちにこの子とは離れなきゃ。愛に似た憎しみを愛って呼ぶのなんて趣味のわるい綺麗事だもん。もう元には戻らない花を、まだ生きてるからって飾るようなものだもん。やだ、したくない。
抱きついていた腕をほどいて壁にくっついて眠った。ひゅーーーーーー。
お、わ、り。
どっかーーーーーーん。
追伸
あのあと、自分の部屋に戻って、何故か少し涙が出ました。だって部屋の中に汚くて愛おしいなものなんて何もなかったんだもん。全部整頓されてて、可愛いもの綺麗なものだけが置いてあって、ぴかぴかの鏡に映るわたしだけがゴミのかたまりみたいで愛しくて。真剣に集めたものが全て無意味で、体と瞳の内側にしかたいせつなものがないだなんて、それしか愛でられないなんて、そんなの、捻じ曲がった自己愛だとおもったの。
そしてこれを書いているいまも、涙が出ます。雨ですね。わたしとおなじように、あなたも行方不明なのよ。わたしがあなたを好きになれなかったのは、わたしとあなたが同じくらいに汚れていたからだと思います。
優しくしあうことしか許されなかった、しあわせになってねとかがんばってねなんて、言えるほどわたしもあなたも優しくないんだよ。
今日、駅から家までの帰り道、あの歌を歌いました。遠き山に日は落ちて、あれ、ドヴォルザークの新世界より、っていう曲が元なのだそうですね。歌詞はないけど、続きの音楽があるの。切なくて、夕日が沈んだのにまだほの明るい空の色みたいな曲でした。
5時のチャイムがあの曲になってるところもあるみたい、わたしそんなところに住んだら毎日泣いてしまいそうだけど、なんとなくあなたはそこに住んでいて、毎日歌っているような気もします。
そして、どうかあなたがわたしのことを忘れていますように。ううん、忘れたと思っていてもどこかに何かが残ってしまっていて、それを忘れようとしてくれていますように。でも、わたしのことを探してくれた、肩を組んで歌ってくれたあなたに報いることができなかったわたしを、憎んだりせず、忙しくてたのしい日々の中で忘れていてくれたらいいなともおもいます。うーん、もうなにもわからないや。
許すことが忘れることで、憎しみは愛にちかいけれど愛でないのなら、愛ってなんなのだとおもう?忘れかけていたこと、すっかり忘れていたことを何かの拍子にふっと思い出す時の、ほんの数秒のことかもしれない、おいしそうなものをみて「食べさせてあげたいな」とか、地下鉄の駅のホームのぬるい風を受けた時とか、そこかしこに散りばめられているもの、しらないうちに、自分の周りを淡く囲っているもの、それがひとで、それがわたしであなたであるとおもいます。
だからあなたがわたしを、わたしがあなたを忘れても、背中だったり髪の毛の中だったり、なかなか見えないところにあの夜の汚れが色が、においがこびりついていて、もしかしたら他の誰かの目には見えて、汚いと思われているかもしれないね、それが、愛だと、愛にちかいものだと、おもっています。消えないんだよ。洗っても洗っても切り落としても、消えないの。一生。
元気でいてね。(元気でね、ってもう二度と会えないみたいだけど、いてね、にしたらまた会えるようなきがしませんか?)
男A 「もう別れよ、俺たち」
女A 「どうして?他に好きな子できたの?なんで?この前まで好きって言ってたのに」
女B「わたしのどこがだめ?直すよ?おしえて?わたしあなたのためなら変わるよ?」
女C「何言ってんの、わたしだってもう好きじゃない、なんであんたにそんなこと言われないといけないの、意味わかんない」
女D「だよね、わたしももうだめかなって思ってたの、ごめんね言わせちゃって!今までありがとうね?」正解はD
女友達A「えーっ!別れたの?なんで?あんなにラブラブだったのに!何があったの!」
女A「なんかよくわかんないけどもういいやって思ってわたしから振っちゃった〜 ふふふ」
女B「たぶん他に好きな子できたんだとおもう、しょうがないよねわたしのこと好きじゃないひとと一緒にいても楽しくないし」
女C「なんであんな男と一緒にいたんだろ、次は絶対もっといいひとと付き合うから!」
女D「振られたの〜もう泣きそうだよぉ、昨日もずっと泣いてて。ね、目腫れてる?やばくない?」正解はB
男友達A「彼氏に振られたんだって?大丈夫?元気ないね?」
女A「大丈夫大丈夫!今度合コン行く予定あるし、もともとそんなに好きじゃなかったってゆーかね、あはは」
女B「なんかわたし何がだめだったんだろ〜って思って、どうおもう?男の子からしてわたし、どういうとこがだめ?」
女C「かなしいけど、仕方ないよね。新しく好きになった女の子に負けちゃったんだもんね、でもやっぱりさみしいな」
女D「その話はなし!最近どう?彼女となかよくしてる?」正解はC
こういうことをしてしまうのは、わたしがこうなってしまうのはわたしのせいじゃない。
そういうことをするなとか、簡単についていくなとか、すぐに寝るなとか、そんなお説教するんだったらあんたがわたしをしあわせにしてくれればいい、寂しい時悲しい時そばにいてくれて優しく撫でてくれて、ごはん作ったら褒めてくれて、記念日にはお花をくれて、そうやってしてくれたらわたしはこんなことしなくて済むじゃない。「おとうさん」
男A(寝たのでもう友達ではなくなった) 「なんかごめんね、可愛い子が寂しい思いしてると思うと放っておけなくて」
女A「わたしのことすき?今度いつ会える?」
女B「来週のお祭り一緒に行かない?浴衣買ってあるの」
女C「わたしこそ、(利用しちゃって)ごめんね?またみんなで遊んだりしようね」
女D「もう二度と会いたくない」正解はC
昨日と同じ日が続いてゆく。
今日もわたしはひとりだけど、今までだってずっとひとりだった。
ひとりとひとりがふたりになるってどれほど難しいことなんだろう、家族って、どうやってなるんだろうね?「おとうさん」
わたしはいつだっておとうさんをさがしている。
戸籍上の父のことはだいすきだったけどあれはもういつの間にかただの戸籍上の父になってしまった。
恋人ではなく、もっとずっと盲目的な愛情が、「おとうさん」 。
血が繋がったひとたちと、もうわたしは家族になれない。
そうであったときもあって、その、そうであったときのわたしたちは完璧すぎたのだ。
ママの作るごはんをみんなで食べて、弟とテレビのリモコンの取り合いをして、8時にはお風呂に入って9時からドラマを見て、眠る前にはママが弟に読み聞かせをしている声が聞こえてきて、わたしはもうその絵本を見なくても声だけを聞いていればその世界が浮かぶくらいにそれを知っていた。いつだって、疑うことなく信じていた。
この先少しおとなになったらママやパパに向かって「うるさい」とか言ってドアを強く閉めて、でも次の朝は何もなかったかのようにおはようって言ってくれるんだろうな、と。
わたしがもうすこしおねえさんになったら、髪を明るい色に染めてパパに変な顔されながらもきっとパパはそれに似合うような派手な服を買ってくれるんだろうな、それを二人で叱られるんだろうな。
わたしは10歳を過ぎてもパパとキスしてたし手を繋いで歩いていて、パパのことがだいすきだった。男のひとの中でいちばんかっこいいと思っていた。パパもそれを知っていて、わたしに服を選ばせたり美容院に行ったあと不安そうにわたしの反応を伺ったりした。周りの子たちは父親のことを既に嫌っていたけどわたしにはそんなの関係のない話だと思っていた。そんなわたしをママもパパも「家族思いの優しい子」だと思っていた。血を分けた愛しい娘と絶対的味方であり苦しいほど愛してくれる親たち。そういうのが当たり前にわたしには用意されていて、幸福な通過儀礼を経ておとなになって、パパとママとお酒を飲んだりして。もうやめます。
わたしはドアを乱暴に閉めたこともママやパパに「うるさい」って言ったことも髪を染めたこともない。ある一定のところでなんの予告もなくそのお話は打ち切りになって、おわり。
「一から頑張ろう」
「うん、わたしは大丈夫(たすけて)」
「人生にはいろんなことがあるから」
「そうだね(気付いて)」
「きみは大事な娘だから」
「()」わたしの黒髪と、いつからか奈落のように真っ黒になった瞳は誰がどう責任を取ってくれるのでしょうね?
パパもママもそれなりに綺麗な容姿をしていたから、当たり前にわたしも物心ついた時から「可愛いね」「お人形さんみたいね」と褒められて育ってきたけれど瞳だけがいけなかった。友達には昔からよく、「また目ぇ死んでるよ」って言われていた。だからあまり自分の瞳をひとに見せたくない。死んでるから。
大人になるにつれて日に日にママに似てくるわたしをたぶんパパは嫌になっていったのだとおもう。パパだけではなく親戚も。
わたしが女らしい服を着たり恋人の話をしたりお化粧をしたりいい匂いがしたり、そういうことすべて、汚いものを見るような目で見るようになっていった。反対にわたしがパジャマ姿でご飯を食べているとみんなにこにこして、「あなたはそのままで充分可愛いのに」などというからそのたびわたしは何度も吐きそうになった。
血の呪い、裏切りと罪をなかったことにはできない物的証拠。それがわたし。
人を憎むのと人を愛するのってどうしてこうこんなにも似てるんだろうね?わたしは「大事な娘」なのにどうしても愛されて育った花のような人間になれないまま生きている。この17年と少しを人生と呼んでいいのなら、じぶんを大切にすることをきちんと理解しないままでいる。
子供の頃、打ち切りにされたお話には当たり前だけど続きがあって、ハッピーエンドにたどり着くまでの時間なり愛情なりがわたしには欠落しているように思えて仕方がない。
世の中にはもっと可哀想な人がいる、わたしなんてまだしあわせなほう、死ぬわけじゃなし、と思ってなんとなく繋いできたものの、愛されている振りをするのがうまくなりすぎてしまった。
人に何か言われるたび、頭のなかに何人もの女(わたし)が出てきて思うままに騒ぎ始める。わたしはそのなかから最善を見つけて世界に放つ。世界はいつも最善を疑うことなく受け止める。なにひとつ嘘ではなくなにひとつ真実でもなく、嘘だからといってそれが悪意かと言われればきっとそうでもない。頭のなかがうるさい。
女A「愛されたい、友達も家族も恋人も全部欲しい、全部全部ほしい!」
女B「愛なんて存在しないことなんてとうの昔から知ってるでしょ?諦めた方が楽ちんなの知ってるでしょ?」
女C「わたしは代用品だから可愛く突っ立っていればそれでいいの、愛なんて、男なんて、人なんて馬鹿馬鹿しい」
女D「まだ見つけられてないだけできっとあるよ、だって見て、あの人たちあんなにしあわせそう」
うるさい。
うるさいから、お願いだから、1日だけでいいから、きえて。女A「わたしたちがきえたらあんたなにも言えなくなるよ。それでいいの?」
女B「まさかわたしたちのせいで自分が苦しんでるんだとか思ってる?」
女C「ふふふ、わたしたちがいてもいなくても」
女D「あなたはそうやってしか生きられないのにね?」そんなことはわかってる、だってみんなわたしだもの。みんなだいすきなわたしだもの。わたしが愛してあげるしかないわたしそのものだもの。
「おとうさん」
生きているうちに出会えるかな?
わたしの血と肉と骨を分けてあげられるかな。きちきちに詰め込まれた体の隙間から、漏れ出した毒まで受け止めてほしいの。
汚い人間の口から出た綺麗な言葉なんてもうわたしのなにも救ってくれない、わかる?
いっしょにぐずぐずになってよぉ。おとうさん。きっとこれも全て無意味。
わたしがしたこと言ったこと考えたこと全て、無意味。
無意味って愛おしいの、知ってた?
いつだってわたしは欠落は完璧であり儚さは美徳だと思って生きてきたの、ほら、ちょっと人差し指で触ってみて。
こうやって ね?ほら壊れたでしょ。きれい。ねぇ、例えばきみは壊れたわたしのために
目赤くして、泣いてくれたりする?「なに言ってんの?意味わかんねー」
だよね、そうやって笑うよね。
意味わかんないよね。
女ABCD「ねぇ、わたしたちもう別れよ?」
いつまでそれしてんの?もうどこにも行けない。
※この記事は以前、「ゲンロンスタッフブログ」(現在は休止中)に掲載したエントリを、好評につき再録したものです。
ダークツーリズムって何だろう?
そもそもダークツーリズムって、一体何を指す言葉なのでしょうか。
文字通り受け止めると、暗い旅、ですよね。
たのしい新婚旅行先で思いがけず夫婦喧嘩が勃発、あれよあれよと帰国後の成田空港で離婚が決まったらそれがダークツーリズム?
出張のついでにふらりと立ち寄った見知らぬ街の夜の繁華街で、気弱そうな男が「うちは明朗会計です!」というからついて行ったのにやっぱりコワモテが出てきてぼったくり被害に遭う、もしかしてこれがダークツーリズム?
答えはどちらも、NOです。
実はこの「ダークツーリズム」という言葉、旅の一形態として世界ではすでに広く知られており、またわたしたち日本人の暮らしとも、とっても深い繋がりを持っていたんです。
今回は、このダークツーリズム研究の日本における第一人者でいらっしゃる、観光学者・井出明先生にお話をうかがいました。
井出先生にはお世話になった時期あるのでrb
György Ligeti pouring water on Pierre-Laurent Aimard on a train.
(via composersdoingnormalshit)