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――ベルリン・フィルの音楽監督だったカラヤン氏には、ずいぶん面倒をみてもらったそうですね
小澤 カラヤン先生は、亡くなるまで僕のことを弟子だと思ってくれていたようです。「やれ、やれ!」って、いろんなチャンスをくださいました。ベルリン・フィルでは先生の演奏しないマーラーの「千人の交響曲」という大曲をはじめ、多くの曲を演奏しました。ウィーン・フィルを最初に指揮したのも45年前のザルツブルク音楽祭でした。ザルツブルク音楽祭やベルリン・フィルでは、普通はマネジャーと僕がプログラムを作るところを、カラヤン先生と僕が電話で話して作っていました。本当に僕のことを考えてくれて、感謝しています。
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