"●ラザレフがラフマニノフの交響曲第1番についてあれこれと余談を披露してくれたのがおもしろかった。ラフマニノフの交響曲第1番については、彼のピアノ協奏曲第2番と合わせて有名なエピソードがある。リムスキー=コルサコフやリャードフ、キュイなど楽壇の大物を前にペテルブルクで行なわれた交響曲第1番初演は悲惨な失敗に終わる。キュイは新聞批評で「地獄の音楽」と酷評した。若いラフマニノフは失意に打ちのめされ作曲ができなくなる。その後、ラフマニノフは精神科医ダーリの催眠療法を受けて、ふたたび作曲の筆を執り、3年後に名作ピアノ協奏曲第2番の初演に成功を収め、復活する。ラフマニノフの交響曲第1番初演が失敗に終わったのは、指揮をしたグラズノフの不手際だったと伝えられている(彼は酔っていたらしい)。ラザレフはこれをムラヴィンスキーから聞いた話として披露してくれて(ムラヴィンスキーもやはりだれか先輩から人づてに聞いた話なんだけど)、グラズノフはゲネプロと本番の間にアストリア・ホテルで豪勢な昼食を食べたという。アストリア・ホテルでおいしい食事をするのにウォッカを飲まないということはありえない。これが悲劇だった。
●で、ここから先は初耳だったんだけど、ラフマニノフは初演の失敗の後、一刻も早くモスクワに戻りたかった。しかし、駅に向かう途中で、意を決してグラズノフに会いに行った。ここで1時間だけ時間があった。そのとき二人が何を話したかは誰も知らない。でも二人は生涯にわたる友人となった(!)。ラフマニノフはグラズノフが亡くなるまで経済的な援助までしたという(ラフマニノフが先輩のグラズノフを助けたのであって、逆ではない)。
●さらに披露された余談。グラズノフはシベリウスと仲がよかった。ヘルシンキのキャンプというレストランでは数日間にわたって外に出ずにひたすら飲み続けたんだとか。シベリウスの飲酒癖も有名っすよね"
ラザレフ&日本フィル記者会見、新プロジェクト「ラザレフが刻むロシアの魂」 - CLASSICA - What’s New!: http://www.classicajapan.com/wn/2011/11/101222.html